Tokyo Osteopathy
オステオパシーとは
オステオパシーの歴史
オステオパシーは、アンドリュー・テイラー・スティル博士によって、1874年にアメリカ・ミズーリ州で発表された徒手療法です。
オステオパシー(Osteopathy)の言葉の意味は、ギリシャ語のOsteon(骨)とPathos(病理、治療)という2つの言葉から作られた造語です。
スティル博士は南北戦争に従事した軍医でしたが、自身の子ども3人を髄膜炎で亡くしました。
医師でありながら救うことができなかったスティル博士は、当時の西洋医学や薬剤治療に失望し、疑問を持ちました。
その後、10年間の研究で、「本来、人間の身体には自然治癒力が備わっているが、血液循環や神経支配機能が妨げられると、それがうまく働かなくなって不調となる。
そのような循環を妨げる主な原因は、身体の各部をつなぐ関節の動きの低下といった構造上の問題にある。」というオステオパシーの基本的な考えをまとめました。

Andrew Taylor Still (1914)
Source: Library of Congress / Wikimedia Commons
1892年にはオステオパシーの最初の学校(American School of Osteopathy)現・A.T.スティル大学をミズーリ州カークスビルに設立しました。
1910年には医学として公認され、DO(Doctor of Osteopathy)の地位が確立されました。
また、1917年から1919年にかけてはスペイン風邪が流行しました。
オステオパシーの医師による治療を受けた110,122人の罹患患者のうち、死亡率は0.25%、(257人)にとどまりました。
これは、全体の医療統計の死亡率と比較し、40分の1の割合だったとされています。
当初こそ、オステオパシーは医学界から受け入れられませんでしたが、この一件で、オステオパシーは世界から広く認知、支持されるようになりました。